辛抱強くやり通すことは美徳ではない

学校に通っている皆さんは夏休みに入ったでしょうか。夏休み前の最終日には通知表が配られるんでしたっけ。今は2学期制になっていて夏休み前に通知表が配られない人も多かったりするのかもしれませんね。

 

ふと、通知表に関するエピソードを思い出しました。小学校の通知表には、各教科に対する評価の他に、普段の生活態度に対する評価項目もありますよね。私の小学校の通知表にどんな評価項目があったかあまり思い出せないのですが、1つだけハッキリ覚えている項目があります。それは、「最後まで辛抱強くやり通す」というものです。

 

私はいつもこの項目が「よくできました」になっていました。先生からのコメントにおいてもこの点が褒められていましたし、母親からも「そこがあなたの良いところだ」と言われたことがある気がします。

 

本当に「最後まで辛抱強くやり通す」ことは美徳なのか?

しかし、本当に「最後まで辛抱強くやり通す」ことは美徳なのでしょうか。結論から言うと今の私は、それは美徳でもなんでもないと考えています。

 

小学校低学年→小学校高学年→中学校と進むにつれ、子供社会が社会らしくなってきます。社会らしくなっていくに従って、そこへ馴染めない人間にとっては地獄感が増していきます。私は中学校に上がってから、いよいよ学校がツラくなってきました。しかし、私の長所は「最後まで辛抱強くやり通す」ことです。いくらキツくても途中で部活をやめてはいけない。ちょっと体調が悪いくらいで学校を休んじゃダメだ。不登校なんて甘えなんじゃないのか? 自殺なんて自殺なんてああ眠りについてそのまま意識がないまま死なないだろうか女の子たちの笑い声がする私が笑われてるんだキツい限界だいや限界じゃない死にたいこの料理には毒が入っているんじゃないか死にたい消えたい……

 

「辛抱強い」私は壊れていきました。苦しいことに対しても正面から向かいあって努力を怠らない姿勢は心身を壊していきます。できないことをいくら頑張っても得られる成果は少ないです。受けるダメージのほうが遥かに大きい。できないことを頑張り続けるのは、成長の見込みがなく衰退し続けている企業の株に投資し続けるようなもの。もっとリターンが得られるところに投資したほうがよいのです。

 

「見切りをつける」ことが大事

だから私は、「見切りをつける」ということが大事だと考えています。できないことをバッサバッサと切り捨てて、得意なことへリソースを割いていく。得意なことを「辛抱強くやり通す」と大きな成果が得られます。「辛抱強くやり通す」というのはいわば増幅装置です。マイナスのことを辛抱強くやり通せばマイナスが大きくなるし、プラスのことを辛抱強くやり通せばプラスが大きくなります。だから、まずは投資先をしっかり見極めることが大事になってくるのです。

 

繰り返しになりますが、「辛抱強くやり通す」というのは単なる増幅装置であって、美徳でもなんでもありません。自分の得意なフィールドで気楽に生きていきたいですね。

 

補足

とは言っても、生きていくには苦手なことに向き合っていくしかないと感じている方も多いかと思います。私は、自分の得意な部分を活かして、少しでもそんな方々の助けになれたらいいなと考えています。まだまだ修行中の身で、人を助けられるほどの力はないかと思いますが、いずれはもっと人の役に立てたら……と考えています。

 

補足2

「最後まで辛抱強くやり通す」の「最後」って何なのでしょうね? ……きっと「夢」とか「目標」みたいなものを指しているのでしょう。だから「辛抱強くやり通す」という行動に出る前にしっかり目標設定をすることが大事だといえると思います。目標もなしに突っ走ると、気が付かぬうちに地獄に突っ込んでいるかも……。